2022年8月28日
人生40年手前。過去を振り返ると分岐点での選択を間違えたと思うことがたくさんある。
「たられば」の話しになるのだが、もしもう一度人生をやり直すことになっても同じ間違いを犯さないようにここにメモしておく。
1. 仕事 (今)
好きなことを仕事にすることが難しいことは今でも重々わかっている。だから今ついている製造業の仕事にはそこまでの後悔はしていない。
自分は10代のころホームレスになる可能性も考えていた。当時は「ニート」という言葉がそこまで浸透していなかった事、自分の性格上「ひきこもり」にはならないと自負していたことから、「ホームレス」を考えた。
家に居座って親の世話になることは絶対にしないと考えていたし、世話になるくらいであれば誰にも迷惑にならないように公園などでひっそり生きていただろう、だからホームレス。
しかし、今振り返ってみれば自分の親を舐めすぎていた。
自分が考えている以上に私の親は過保護だった。
自分が挫折してもいつまでも支援してくれただろう。もっと甘えてもよかった。言い方を変えれば「賭けにでてもよかった」。
一つ残しておくが、私の親は素晴らしい。子供たちに迷惑をかけない。その上、子供三人を大学に送る。塾や習い事も多く習わせてくれた。周りが羨む裕福な家庭だ。
その環境で選んだ安定の現状。
朝6時に出勤して朝礼のための資料を作っている時よく思う。本当にやりたい仕事は何だったか。
若いころは知らなかったが「意味のない仕事」というものがたくさんある。この「朝礼の資料」というものを例に出すと、この資料は工場の管理者に向けて前日の生産状況や主に機械や人の異常があったか、また進行中のプロジェクトがあればそれの進行状況を報告するためのもの。毎日。しかし、これが本来の目的である「ものを作る」にほとんど影響を与えない。なぜならばその報告を受けた管理者は生産に対する指示や判断にそれを使用しないから、である。
現場の人間は出勤した時点で自動的に入力されている生産データを確認し、問題があった個所に走る。そして対策をする。
管理者より現場の人間の方が長けている。生産に大きくかかわり長期的な対応が必要、高額な支払いが発生すること、もっと大っきい内容では労災火災はもちろん連絡、相談をする。
それでは管理者は毎日の報告を受けて何をするのか?正解は「何もしない」。
だからこの朝礼のための資料を作る各セクションの人間は「生産に対して意味の無い仕事をしている」ことになる。それでは納得がいかない人が多いと思うのでこの仕事をわかりやすく一言でいうと「ご機嫌どりのための仕事」です。
本当にやりたい仕事は「ご機嫌どり」だったのか。と朝の7時に悩む。(いつからご機嫌どりが必要な会社になったのかな、と思い返すと分岐点が見つかった。それを後輩に教えてあげるのが私の仕事になっています。)
2. 仕事 (他)